真面目な人ほど騙される|権威詐欺の心理の罠

「警察です」「市役所の者ですが」「銀行から参りました」 

この一言を聞いたとき、あなたはどう感じますか。

おそらく多くの方が、無意識のうちに姿勢を正し、相手の話をきちんと聞こうとするのではないでしょうか。 

このことは、日本人という会社や組織への忠誠心を含め、権威あるものに対して従順になりやすいという長い歴史と文化的な背景があるからです。 

詐欺師たちは、この日本人特有の心理をよく知っていて、それらを巧みに利用して、警察官や役所の職員、弁護士、会社の上司などといった役職を利用して騙すということにつなげていきます。

78歳のBさんの場合

78歳になるBさんは、会社員として40年間まじめに働き、定年後は妻と二人で慎ましく暮らしていました。

しかし、妻が3年前に他界してからは一人暮らしとなり、息子家族とは年に数回会う程度です。 

ある平日の午後、居間の固定電話が鳴りました。 

「こちら警視庁のサイバー犯罪対策課の山田と申します。Bさんの銀行口座が犯罪に利用されている可能性があり、至急ご確認をお願いしたいのです」 

「警視庁」「サイバー犯罪」「犯罪に利用」——聞き慣れない言葉が次々と飛び込んできて、Bさんの頭の中で整理して理解する間もなく、相手は話し続けてきます。 

電話の向こうの相手

電話の相手は落ち着き払っていて、命令するでもなく事務的に話を続けます。

このことがいかにも警察官のような気がして、Bさんはすっかり信じてしまったのです。

内容としては、Bさんの口座が犯罪のために使われていて、犯罪者からの振り込みがあるために、口座のお金を一時的に安全な場所に移す必要があるから協力してほしいという内容でした。

さらに、銀行の窓口が閉まっているために、銀行員がお宅にお伺いするので、通帳とカードを渡してほしいといういうことです。

40年間にわたり会社員として組織の中で真面目に勤め上げてきたBさんにとっては、自分の口座が犯罪に使われていると聞かされたら、協力しなければと思ってしまうのは当然のことでした。

Bさんは、電話の相手の言われるまま、操られるように「わかりました」と、返事をしてしまったのです。

「お父さん、そんなのちょっとおかしいわよ」肩を叩いて注意してくれる妻はそこにはいません。

むしろ、40年間真面目に生きてきたBさんにとって、誰にも相談できない孤独な空間の中で、警察官と名乗る詐欺師の言葉だけを信じてしまっても、Bさんを愚かだと笑うことはできないのです。

従順な日本人

日本人は、他人に迷惑をかけないという従順な考えがあり、きちんと整列して順番を守ろうとするのも一つの表れです。

日本人の従順さとは、決して主体性のなさや弱さではありません。

その根底にあるのは、他者を深く思いやり、全体の調和を尊ぶ「和」の精神です。

これらは、一人ひとりが社会を支える一員としての強い責任感を持っているからこそ生まれる行動にほかありません。

相手のことを疑わず、まずは敬意を持って言葉を受け入れ、人を信じるという誇り高いことこそ、日本人の美徳にほかないのです。

しかし、詐欺師はその日本人の美徳に対して、反対に利用して冷酷に牙を剥き、私たちが長年大切に守ってきた尊厳ごと、無残に踏みにじろうとします。

騙されたと知った時には遅い

しばらくして、銀行員という男がBさんの家に訪ねてきました。

Bさんは通帳と銀行カードを、その男に渡してしまいます。

振り込まれた口座を確認して、犯人が捕まったらすぐに返しますからと言われ、暗証番号まで教えてしまったのです。

冷静に考えてみれば全くおかしな話ですが、その時のBさんの心情は、とにかく警察に協力するという気持ちでいっぱいだったのです。

さらに、犯人は国際事件に発展しているので、このことはしばらく誰にも話さないようにしてくださいと口止めしてきました。

翌日になっても警察から連絡がなかったことから、息子に相談したBさんは詐欺だったことに気がつくのです。

もちろん、銀行に預けてあった200万円近くの現金はすべて引き下ろされていました。

詐欺師が使う権威というテクニック

真面目で実直な人ほど、受話器の向こうから「警視庁」や「金融庁」といった重々しい組織名が飛び出してくると、無意識に背筋を伸ばして信じてしまいます。

普段聞き慣れない硬い言葉を並べ立てられるだけで、私たちは圧倒されて相手の言うことを正しいと思い込まされてしまうのです。

相手はこちらの名前や住所、生年月日を調べ上げていて、澱みなく話してくることから、警察の人間だと信じてしまい、疑う心を完全に封じ込めてしまうからです。

さらに、相手を慌てさせるように追い込み、時間がないとかすぐに行動してほしいなどと、冷静に考えさせる余裕を与えません。

このことにより、心臓は早鐘を打ち、頭の中は真っ白になり、誰かに相談することなどできないまま詐欺師の術中にはまってしまうのです。

自分はそんなことで騙されないと思っていても、当事者になると、恐怖心や心理的パニックにより脳の機能が冷静さを失ってしまいます。

このことは、いわば脳がハイジャックされたという状態で、自らの力ではどうすることもできない極限状態に追い込まれてしまったということになるのです。

騙されないための方法

冷静さを失いかけたら、難しい知識は必要ありません。

ただ一つ、相手のペースに巻き込まれないように、電話を一度切ってから、掛け直すと言ってください。

どんなに緊急に聞こえても、どんなに権威ある組織の名前が出てきても、まず電話を切ってから、こちらから、自分で調べた電話番号でかけ直すようにしてください。

「失礼かな」と思う必要はありません。

本物の公的機関であれば、確認のために折り返すことを当然のこととして受け入れてくれます。

「一度確認させてください」と言える勇気こそ、あなたを詐欺から守ることになるのです。

権威を尊重する気持ちは、日本社会が長年大切にしてきた美徳の一つです。

詐欺師はその美徳につけ込んできていることから、健全な疑いの目を持つことは、決して恥ずかしいことではないのです。

そのことは、あなたがこれまで築き上げてきた人生と尊厳を、ご自身の手で大切に守り抜くための正当な方法であると覚えておいてください。