ある日、チャットの中に、女性キャリアとして、投資顧問会社の女性が紹介されます。
偽アカウントの地元のアナウンサーがチャットに連れてきた人物です。
「投資顧問会社に勤める田中ひとみと申します。皆さんの資産が増やせるよう、お手伝いができればと思っています」
メンバーのうちの一人が、「私も資産増やしたいのでよろしくお願いします」という書き込みがあると、それに続くように「私も増やしたいです」「私も相談してもいいですか」というような書き込みが増えていきました。
そして数日後、一人のメンバーが「田中さんのアドバイス通りにやってみたら、本当に増えました!」と、チャットで報告してきたのです。
グループ全体が少しずつ田中への信頼を深めていくのですが、しかしその書き込みの多くは、詐欺グループによる自作自演だったのです。
田中も報告するメンバーも、偽アカウントの有名人も、全員がたった一人のターゲットを騙すために用意された詐欺師たちのサクラだったのです。
偽の証券サイトへの誘導
今回のターゲットになったのは、偽アカウントにDMを送った50代の主婦のAさんでした。
彼女はこの時点で、自分が精巧に仕組まれた詐欺の罠に足を踏み入れていることに、全く気づいていないのです。
ある日、田中ひとみからAさんに個別のLINEメッセージが届きました。
「Aさん、特別に私が担当する投資口座をご用意できますが、投資に興味はありますか?」
投資など一度もやったことがなかったAさんでしたが、グループチャットの熱気にすっかり飲まれていました。
地元でおなじみのアナウンサーが同じようにやっているということもあって、自分も少しぐらいならやってもいいと思っていたのです。
「興味があるなら、信頼できる証券会社をご紹介します」
田中から送られてきたURLを開くと、誰もが名前を知っている一流証券会社のサイトが画面に現れました。
会社概要、代表者の顔写真、金融庁の登録番号まで、どこから見ても本物としか思えないサイトです。
「私が口座開設から全て行いますので、まずは10万円をアメリカのファンドに投資してみませんか」
田中のすすめで、10万円ならと、Aさんは軽い気持ちで投資をやってみることにしました。
これが全ての始まりでした。
利益が増えていく
田中の言われるまま、証券会社のサイトで口座開設を済ませ、Aさんは田中の指示で10万円を振り込むことにしました。
振込先は「田中ひとみ」という個人名義の口座でした。
「証券会社の口座は手数料が高いので、最初は私の個人口座を使ってください。しかし、ご安心ください。証券会社の口座名はAさんのものになっているはずですから」
田中がそのように説明すると、証券会社のサイトを確認するように言ってきました。
Aさんは、振込先が個人名だったことが少し気になりましたが、グループの中で「田中さんの口座に振り込むのが普通です」という書き込みがあったため納得してしまったのです。
それに、証券会社サイトの口座には、Aさん名義の取引口座ができていて10万円振り込まれたようになっています。
1週間後、証券会社のサイトの画面を開くと、Aさんの名前が書かれた口座に「12万円」という数字が表示されていました。
田中からも「Aさんの資産が増えています。このペースでいくと来月には20万円にはなります」というメッセージが届きました。
高額投資への誘導
「今が絶好のタイミングです。まとまった金額を入れれば、もっと大きく増やせます」
田中の言葉に背中を押されたAさんは、老後のために長年かけて蓄えてきた300万円を振り込む決断をしました。
300万円を振り込んだ1週間後、サイトの画面を開くと口座の残高は350万円になっていました。
上がり下がりはあるものの、右肩上がりのグラフまで表示されています。
「田中さんを信じて本当によかった」
画面を見るたびにAさんの胸には、じわじわと確かな喜びが広がっていきました。
引き出せない
数ヶ月後、Aさんの口座には400万円近くの資産が積み上がっていました。
「増えたお金で、ずっと欲しかった車を買いたい」
元本はそのままに、利益分だけを引き出したいとAさんが田中に伝えると、田中はすぐに反論してきます。
「1年間はお金を動かせない仕組みになっています。それに今引き出すと、せっかくの値上がり分が消えてしまいます。それより今がチャンスですので、あと200万円を追加投資してみませんか」
しかしAさんは、どうしても車が欲しかったために、利益分だけの引き出しを頼みました。
するとそれまで穏やかだった田中の口調が少し変わりました。
「解約には手続き手数料として5万円が必要です」
そのように言われたので、仕方なく5万円を振り込んだAさんに、今度は「海外送金のための税金として10万円の支払いが必要です」という連絡が届きます。
「おかしい」——Aさんの中で初めて疑いの気持ちが芽生えてきました。
不信に思ったAさんは、解約したいと申し出ると、田中は「今解約すると違約金が発生します」と言い出しました。
要求は次々と変わり、話は堂々巡りが続きます。
しびれを切らしたAさんが強く解約を求めると、田中はようやく渋々と承諾しました。
「わかりました。手続きを進めます」
しかしAさんに、この後、最大の衝撃が待ち受けていたのです。
全てが消えた
解約の手続きが進むはずだったある朝、AさんがLINEを開くと田中のアカウントが突然消えていました。
急いで投資サイトにアクセスしようとすると「このページは存在しません」という表示が出るだけです。
グループチャットも消えていました。
そして地元のアナウンサーを名乗っていたSNSのアカウントも、跡形もなく閉鎖されていたのです。
Aさんは画面を前に、頭の中が真っ白になりました。
いったい何が起きたのかわからなかったからです。
しばらくして友人に相談したとき、初めて全ての真実を知ることができました。
田中ひとみは架空の人物でした。
それに、紹介された証券会社のサイトも精巧に作られた偽物だったのです。
グループチャットで賑やかに書き込んでいたメンバーも、全員が詐欺グループの一員だったということです。
そして、老後のために蓄えてきた300万円は、二度と戻ってくることはありませんでした。
詐欺かもしれないという5つのサイン
Aさんが騙されていく過程には、詐欺だと気づけるポイントがいくつかありました。
サイン① 振込先が個人名義の口座は疑ってかかる
お金の振込先として個人名義の口座を指定することは最初から詐欺だと考えてください。もっともらしい説明をして、個人口座に振り込むようにした場合でも、振り込まないようにすることが詐欺からお金を守ることになります。
サイン② 全てを他人に任せる
証券会社との口座開設などは、本人がやらなければなりません。今回は、投資コンサルタントが代理で口座開設から全てやってくれたことになっていますが、親しくなった人でもそのようなことは絶対に任せてはいけません。
サイン③ お金を預かって投資をすすめるのは違法です
大きな金額を振り込むように勧められた場合、投資顧問会社の人間でも、その人の言うことを聞いて資産運用をまかすようなことはしないようにしてください。本人とのやりとりで出金できない、あるいは出金に理由をつけて応じない時点で詐欺だと判断してください。
サイン④ 出金時に手数料や解約金を請求される
本物の証券会社は出金時に手数料や税金を別途請求することはありません。「手数料が必要」「解約手数料を先に払ってください」という要求が出てきた時点で、すぐに国民生活センター(188)または警察相談専用電話「#9110」に相談してください。
サイン⑤ 担当者の連絡先がLINEのみ
いくら誰かの紹介であっても、身分確認は大事なことです。本物の投資会社には必ず固定電話と正式な住所があります。連絡手段がLINEのみで、会社の実態が確認できない場合は詐欺を疑ってください。今回の場合は、証券会社のサイトが本物かどうか疑うことも必要だったかも知れません。
詐欺に引っかからないために
今回の前編と後編を通じて、一つの大きな事実が見えてきました。
この投資詐欺には、偽アカウント、グループチャット、投資コンサルタント、偽の証券会社サイトという四つの仕掛けが緻密に組み合わさった、大掛かりな組織的劇場型犯罪です。
最近、SNSやインターネットを使った投資詐欺のニュースをよく耳にしますが、自分は騙されないから大丈夫と思っていても、今の詐欺の手口はとても巧妙で、親切心を装い言葉巧みに私たちの心に入り込んできます。
被害に遭われた方の多くは、最初はまさか自分が詐欺にかかっているなどと思ってもいなかったはずです。
今回、Aさんが騙されてしまった最大の理由は、全てを一人で判断してしまったことです。
詐欺師は、私たちが誰かに相談する時間を奪うために、今すぐ振り込まないと損をするとか、他の人には内緒にと言ってきます。
「もしかして騙されているかも…」と認めるのは勇気がいることかも知れませんが、第三者に相談することが被害を防ぐ最大の防御になります。
見知らぬ相手から投資を勧められたときや、大きなお金を動かそうとするときなどは、第三者に相談するということを心がけてください。
そのことが、あなたの大切なお金と人生を守る最大の盾になるのです。