おっちゃんが教える|架空請求詐欺の被害がなくならない理由

朝の開店したばかりのいつもの喫茶店で、おっちゃんは淹れたてのコーヒーを前に、スマホの画面を渋い顔で睨んでいた。

「おっちゃん、朝から難しい顔してどうしたんですか?」

タケルがカウンター越しに声をかけると、おっちゃんはゆっくりと顔を上げた。

「ああ、また嫌なニュースを見てな。架空請求詐欺で、一人暮らしの高齢者が2000万円も騙し取られたそうだ」

タケルは布巾でカウンターを拭きながら首を傾げた。

「架空請求って変なアダルトサイトとかをクリックしちゃって、いきなり『延滞金払え』ってメールが来るやつですよね。あれでどうやったら2000万円も払うことになるんですか?」

架空請求詐欺はなくならない

「それに、架空請求詐欺について何年も前からニュースになってますよね。みんな手口を知っているのに、なんでそんなのに引っ掛かるんですか」

おっちゃんはコーヒーを一口すすると、

「では、今夜お前のスマホに『有料サイトの未納料金が発生しています』というメッセージが届いたらどうする?」

「無視しますよ、そんなの」

「なぜ無視できる?」

おっちゃんの言葉にタケルは少し不満げに、

「詐欺だからと知っているからですよ」

「タケルは、架空請求詐欺について知っているから騙されないかもしれないが、世の中には知っていても、まさか自分には来るとは思っていない人もいる」

「そんなアホな人いるんですかね」

「そんな言い方は良くないぞ。世の中には色々な人がいる」

おっちゃんが注意すると、タケルは首をすくめた。

「昔は葉書かなんかで送りつけていたが、今ではメールやSMSがあるから、いっぺんに何万通と送ることができる。そのうちの一人でも、メールを見て動揺して連絡してくれば、ありふれた手口であっても、効率がいいので無くならないんだ」

そして、おっちゃんは少し声を潜めると、

「それに今は、昔のようにプロの犯罪者だけがやっているわけじゃないんだ。闇の世界では、オレオレ詐欺や架空請求の『マニュアル』が売買されているんだ。だから、真似して騙してやろうという人間が現れる」

タケルはグラスを拭く手を止めると、

「マニュアルですか?  じゃあ、それを読めば誰でも真似して始めようとする悪い奴らがいるということですね」

おっちゃんは、タケルの言葉に大きく頷いた。

不安という感情が判断力を奪う

「だからと言って、どうして2000万円も騙されるんですかね」

「最初から2000万円をドカンと要求するわけじゃないんだ。最初は5万円ぐらい請求して、騙されて払い込んだ人間に対して次々と要求していく。気づけばその額が大金になってしまったということなんだ」

タケルは、なんだか納得しないような様子で聞いていた。

「一度でも騙されて払い込んだ人に、もっと脅せばお金を振り込むと考えた詐欺師は、裁判所に訴訟の書類が回ってしまい、和解金として100万円が必要だと言ってきたりして、次々にお金を要求してくる」

タケルは眉をひそめると、「そんなの嘘に決まっているじゃないですか」

タケルが言うのを遮るように、おっちゃんは話を続けた。

「とりあえずこの厄介ごとを早く終わらせようとして、詐欺師の言いなりになって振り込んでしまうというのが、2000万円も騙されてしまったということなんだ」

高齢者の孤独

おっちゃんは少し寂しそうな目をして、窓の外に目を向けた。

「今は、一人暮らしの高齢者が増えているだろ。 昔なら、分からないようなメッセージが届いても誰かに相談できたんだ。それが今では周りに相談相手がいないから、その不安を一人で抱え込んでしまうんだ」

タケルは深いため息をついた。

「それに最近は、警察官を装って電話してきたりと、手口も巧妙になってきて、不安を煽るようなことで、高齢者を追い込んでいくんだ」

「たしかにそうなると、冷静な判断なんてできなくなりますよね」

タケルは身を乗り出すようにして尋ねると、

「じゃあ、そんな風に追い込まれたら、どうすれば身を守れるんですか」

おっちゃんは、カップに残った少し冷めたコーヒーを見つめながら静かに言った。

「難しいことは何もない。たった三つのことを習慣にしておくだけでいい」

詐欺撃退の三つの習慣

タケルはカウンターに肘をついて、おっちゃんの言葉を待った。

「まず一つ目は、その日のうちに絶対に動かないということだ。どんなに急かされても、お金を振り込んだり個人情報を教えたりしない。すぐに対応しなければ、ほとんどの詐欺は防げる」

タケルは大きく頷いた。

「詐欺師は時間を与えると誰かに相談されることを恐れているから、だから今すぐと急かしてくる。逆に言えば、急かされたらそれ自体が詐欺のサインなんだ」

「なるほど、確かにそうですね」

「二つ目は、メールやSMSのリンクは絶対に押さないことだ。気になるなら自分でこちらから公式サイトを確認すればいい。リンクを押した瞬間から詐欺師のサイトに引き込まれてしまう」

「三つ目は、一人で抱え込まないことだ。少しでも怪しいと感じたら、子どもでも友人でも誰かに話してみる。詐欺師は第三者が介在することを一番嫌がる。もし周りに相談できる人がいなければ、消費者ホットライン188に電話すればいい。専門家がすぐに相談に乗ってくれる」

タケルは静かに言いました。

「たった三つなんですね」

「そうだ。難しい知識は要らない。この三つを習慣にしておくだけで、詐欺師が入り込む隙間はなくなる」

被害が減らない本当の理由

おっちゃんはコーヒーカップを静かに置きながら言った。

「タケル、架空請求詐欺の被害が減らない理由は、一人暮らしの高齢者が増え、詐欺師がそこへ効率よく大量に仕掛けてくる。知識を広めるだけでは追いつかない現実があるのかもしれない」

タケルの目には、おっちゃんの寂しそうな顔が映っていました。

「なんだか、詐欺はただ人を騙しているというより、世の中の孤独という隙間を詐欺師が狙っているみたいですね」

「その通りだ。詐欺は、人と人とのつながりが希薄になったところを狙ってくる。だからこそ、大切な人やご近所同士で声をかけ合って仲良くすることが、俺たちにできる一番の対抗策なんだ」

おっちゃんはそう言うと、またスマホでニュースを読み始めました。

タケルはカウンターで、後片付けをしながら思いました。

騙されないということは、ただ詐欺の手口を知ることだけじゃない。社会が高齢者を孤独にせず、みんなで見守り合うことなんだということを——。